天と無智
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良識あるガキ大将がいじめをなくす?
例えばの話。
大仁田某がクラスに、もしもいたのならば、いじめがあるだろうか、というの話。

ない可能性の方が高い。

理由は特にないけど、
氏が良識ある(?)大人であること。
学生から見て尊敬の念に関わらずカリスマ的(ガキ大将)存在であること。

ようするに議員というぐらいには良かれ悪かれ注意できる大人であること。
有無を言わさず納得させてしまう存在感があるというのはレスラーならでは?
逆らったら殺される?

(国会議員だからかならずしも良識ある人間とはなりえないのはいわずもがな。)



何ゆえ、国会議員の某厚を用いたのかというと、わかりやすかったからの一言。
レスラー、40過ぎで高校入学、国会議員というのは今回のいじめ防止と掛け合わせて非常に相性が良かったゆえ。


何が言いたいかというと、今の教育現場や過程において いじめ とか教育問題とかの解決はとどのつまり不可能だということだ。
今の教育を土台とした延長線上を進む改革路線は所詮問題を積み残すだけで実に微妙だ。

ひとつのケースだが、今の教育現場は学生にとっては心地よい環境でもあり、心地悪い場所でもある。
単純に加害者と被害者の関係だが。

大人となるためのステップを踏む教育現場としては、心地を求めるのは論外であり ある意味非情でなければならない。

小学校ぐらいは 学びの場において自由奔放なコミュニケーションの場としての心地を求めるのは至極当然であり、国の教育姿勢として間違いではない。
学ぶ楽しさへのきっかけ作りやコミュニティの場としての学校が機能すれば問題はない。
学ぶ楽しさと半強制的な教育とのギャップについては考えなければならない問題ではあるが、幼少の教育においてはある程度強制を強いる方法は学びに触れるきっかけとしては致し方ない。

教育において改めるべきは、中学以降における教育のありようかもしれない。
中学も一応は義務教育となっているが、正直なところは早期に主体性のある教育に変えるべきではないかと。
ようするに、社会を念頭に進出を前提とした教育に改めるのだ。
義務を課すのではなく、極力自身で学べる環境を整える。
自分を見るとなしに観る事のできる環境をだ。

小学校まではコミュニティの場としての教育の楽しさを。
中学校は学ぶという事に対するきっかけを。


さて、高校。
いい意味でジェネレーションギャップがほしい。

どうも現行の教育課程において中学・高校はかぶって明確な違いが感じない。
力量によってレベルの選択が利くぐらいか。
基本的に文部科学省(行政)の域がかかりすぎて教育における根本的な理念に違いがないのでどこの学校も同じようなものなのだ。
ようするになんのための教育か吟味する暇すら与えられないというのが現状か。
ついでいうと、同じ年頃の人間の集まりによる馴れ合い体質に懸念。
悪い意味で、いじめや犯罪への助長と成長への機会を奪う。
良い意味で、メリットがない(?)。

単に高校は教育の現場として機能すればいい。
専門・専攻的な意味でのあくまできっかけでだ。
…。

都合良い事を書くと、冒頭にあるジェネレーションギャップを感じさせる人間が介在するという環境は社会におけるギャップの穴埋めにもなるし、情報の相互交換にもなる。
が、単に取り入れたからといって機能はしないといっておく。
機能するには、いわば常態化した常識をやぶるということが前提となるだ。

現実的な意見というのならば、いろんな年代の人間が集まってともに教育を受ける教育現場なのか。


大学は…まあいいだろう。
教育変革に際して自ずから改変の芽にさらされることになるだろうから、論ずることじたいナンセンスだ。



時期をみてもう少しまとめてみよう。
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界援隊:SINNI(シンイ)

Author:界援隊:SINNI(シンイ)
勝ちと負けの関係と 上から見下(オロ・クダ)す視点と 下から見上げる視点は似ていると思う。
二者間から良い関係など生まれようはずもなく、それを擬似的にごまかす風潮があるのが今の日本の特徴と言える。
合理に則して3すくみ+α程度の関係が望ましいと思う今日この頃。

この考えも∞にある答えのひとつであり、答えにもならない答えであること。

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