天と無智
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すべてを先取りした近未来的かつ斬新な いかにもなサービス(?)
近未来的だとか、ちょっと他社を先取り(投資)して利権を確保しときましょーという謳い文句は特にめずらしいことではない。
というのは、どちらかといえばありふれた光景だから。
IT先駆けの10年以上前からあったようなもんだ。
ただ、投資に対する意味合いや意識は今と10年前では相当に違いがある。

近未来とは言っても基本的には現行を踏襲した上で先を見据えるという点に変わりはないのは世の常。
ようするに現行を充分に踏まえた上での判断となるのははずせないということ。

どういうことかって言うと、日本人的な感覚からいうと常識的範囲内に留めた上での判断を要すということ。
非常識的範疇(ハンチュウ)は該せず、物事を法内に当てはめて判断してしまうところ。

近未来とは言っても、法律の範囲を超えての近未来はありえないのは、法や国によって阻まれるからであろう。

今、世間をにぎわしている近未来某は一筋の光明としての道は名を残すことはないが、悪名としての高名としては名を残すという点では一役買っている。
もっともコレ自体悪名とは言い切れないが。

近未来という名前がどういう意図でそう銘銘されたのかという点に着目すると、二通りの考え方が伺える。
ひとつは名前が指す通りのベンチャービジネス的意味合い。
ライブドア・村上ファンド・ソフトバンクetc。
華やかさをアピールした社名だと。

もう一方が、今の時代を象徴したというか具現化しただけの社名。
う~ん。つまりはだね。
あざとい・欺き・悪(必要悪)のスリーA。


金を流す(動)という観点から、法律での規制はない。
ようするに手段は問わないということ。
御幣はあるが、現状認識としてはこんなもんだろう。


どういう方法であれ、眠っている金(虎の子の一杯ならなおのこと)を市場に流す(還元)ということにデメリットはない。
それがつまり投資ブームという奴である。
(だけど、近未来某の関係者がこの集めたお金を貯金に回していたら?(;´Д`)メモアテラレマセーン)
つまり投資というのは自己判断が極めて重要な要素であり、今回の事件は単に投資者・出資者が見極めきれなかったゆえに起きただけの問題である。
これが詐欺だとしたとしても、所詮はその詐欺を見抜く目がなかっただけであること。
(とはいえ、企業の実態とはえてして見えにくいものである。
つまりは限りなくダークともいえそう。
小売店や販売店ならともかくだが、そうではないところは特に内部事情が見えにくい。
というのも今の社会の陰部といえなくもない。
クリーン性を訴えるには企業側だけのモラルに頼りきるには心配なのだ。別な言い方をすると人間だからできないのも無理はない。
組織の人間になるということはつまり極端に言えば個の価値観は捨てるということ。
ただでさえ、教育課程においてもないものをさらに捨てる価値観というものが、この先どうなるかってことを考えねばなるまい。
仮に教育課程に個人の意思の尊重があったとしても社会に出てそれを捨てざる得ない環境しかない場合、何のための教育かってことと、社会と教育とのギャップがさらに拡張工事されてウボォァ~なことになりうるだろうと。ようするにクソの肥やしにもなりゃしない。)



近未来某は、そういう意味では非常にうまい商才があるのかもしれない。詐欺という商才が。

だけど、詐欺というブランドそのものは決して珍しくもないのが昨今の日本から見てもわかりうるだろう。
近未来某もそのひとつにすぎないのだ。
そう、今の風習に御多聞にもれず習っただけの事なので驚きを感じないのだろう。


そこで非難されてしかるべきなのが、国や政治。結局はここにたどりつく。
政治にしたって復党云々で毎日のようにへたくそな人情ドラマを繰り広げておるがね。
基をたどるとこういうくだらないやり取りの積み重ねが今の日本なんだとつくづく覚醒してきている今日この頃。


耐震偽装から今日までにおいてもそうだが、企業側を取り締まれるような仕組みがない。
ついでいうと、政治や国を取り締まれる仕組みがない。
という土台がすっぽ抜けたような民主主義社会(?)はどうだかね。

ひとつ付け加えると、企業側を取り締まるのは国や厚労省のすべき事とは基本的には違う。
すべてを統括する立場にはあるが、国の締め付けは逆効果だと。

企業側を取り締まるのは基本的にはそこに従事する従業員であったりするわけで、すが、土台法整備が追いついていないというのが現状。

これと同じことが今の政治にも言えるわけだが、選んだら選びっぱなしという今の選挙自体もそろそろ見直すべき時だろうといえるのが、いわゆる不祥事の数々だ。

悪い慣例が明るみに出るのは悪いことではない。
むしろそれは今の法から考えても必然である。


監督省庁の監督不行き届きといってしまえるだけ行けばすご~い事だが、たぶん、企業側のモラル云々の責任にして一件落着という風に済ませそうなあたりは耐震偽装のそれと同じ結末で終わりかねない自体。

そういうことをとどのつまり、「見てみぬふりをする」という事なのだろう。
それが今の政治なのだろう。

別段取り上げる記事でもなかったようだ。
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界援隊:SINNI(シンイ)

Author:界援隊:SINNI(シンイ)
勝ちと負けの関係と 上から見下(オロ・クダ)す視点と 下から見上げる視点は似ていると思う。
二者間から良い関係など生まれようはずもなく、それを擬似的にごまかす風潮があるのが今の日本の特徴と言える。
合理に則して3すくみ+α程度の関係が望ましいと思う今日この頃。

この考えも∞にある答えのひとつであり、答えにもならない答えであること。

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