天と無智
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景気の良し悪しよりは景気の善し悪しの方が実は大事
ジャンボ!(こんにちはの意)

いざなぎ超え云々で景気が良いとかなんとかアホ筋から大々的に叫ばれておられまするが、
日経平均から見て たしかに平均8000円台だった頃と比べるまでもなく良くなっておられまする。
日経平均株価は単純にリアルタイムに見る経済指標である。

これを判断材料として結果景気の良し悪しの判断とするところは間違いではないが、これだけを判断とするのならば、それは三流以下。だと思うぞ。
周りを省みない、足元がお留守ですよ状態を三流以下と呼ぶ。
学習機能がないのも三流以下という。


景気が低迷した当時(今も?)に何を見て、何があったのかを振り返る必要がある。
見るではなく観る。

何があって、何が変わって変わってないかを…。


大きいものを挙げると、
雇用の形態がはっきりと変わった・変わっていない。
変わったのは終身雇用の崩壊であったり、正社員減の派遣増。
変わっていないのは終身雇用制度そのものであること。

終身雇用の崩壊が囁かれているが、誰かが決めたという取り決めではない。
そういう傾向にあるというだけだ。
だが、現実には国側がそれを容認もしくはその傾向を踏襲したような方向性から見るにつけても暗黙の了解といえなくもない。
ただ、どっちつかずの宙ぶらりんな不安定な情勢に変わりはないということだ。



大きいものを挙げると、
いわゆるモラルの低下とやらが挙げられるが、政治家に直接的な殺人者はいないという事。
つまり余裕があるということと、リスクがないということ。御幣はあるが気にしない。

ようするにモラルなんていっていられるのも、余裕あってこそのものだといいたいわけ。
あとは自身の通念だろう。
だけど、その通念さえも余裕の前に屈してしまう事も十分にあるということだ。
それを踏まえて企業の不祥事に目をやれば、昨今の不祥事も度し難いものだとはかならずしもいえないのも事実。
というのも経営者側の視点に立てば理解のしようもある。

経営者側の立場や通念や理念を捻じ曲げる・られるような法案がまかり通るような勝手が生んだ産物であったり、またはその逆が生んだ産物であったりするケースはある。
それがいわゆる景気とはまったく無縁の人間がノウノウと能書き垂れるケースなだけに怒りも収まらないのではないかと。
合理とはほど遠い到底納得の行かない問題が多い。

意味もなく痛みを強いるケースと基本的には同じだが、意味もない理由は基本的に自分自身とはまったく無関係なベクトルに位置する改革に対してそのツケを痛みと称して強いる事にある。
いや、まったく無関係とはこの日本にいる以上はありえない話ではあるが、どちらにしろそこから見えるべきはずのビジョンがまったく見えないという観点からしておおよそ無意味なのだ。


極端な話だが、時代背景的に見て、先の郵政民営化はその時代とはとんと関係はないもの。
しようがしまいがあまり関係はない。
が、切らない理由はないという言い分に対して異論はない。
不必要なものを切るという感覚は当然である。
ただ、タイミング的にどうなのかといわれれば疑問視せざるを得ないし、また民営化の意図するところがいまだよくわからん。

到底合理に合わん(理不尽な意味)公務員仕事に対するメスを入れたという点ならば、理解できなくもないが、それとは意図するところが違う気がするが。
補足しておくと、公務員に対する見方というものに偏見はない。
情熱の云々は分からし、仕事に対する姿勢も分からんが、公務員は公務員なのだ。
不祥事云々で公務員の資質が疑われるというのにはいささか疑問を感じる。

むしろ疑うべき箇所は分かっているつもりで、その仕組みだろう。
これは公務員を例に挙げるよりも政治を例に挙げたほうがしっくりくる。
公務員は政治の仕組みを踏襲しただけのものと理解している。

まあ、いまさら挙げるまでもないことだろうが、議員はすべてに対して合理とは無縁な位置に存在していると思っている。
それ以前に今の選挙自体疑わしい。
いや、別に不正だとかそういうことを言っているのではなくて、政治や選挙が限りなく固定的なのだ。
その原因は政治離れなのだが、それを招いているのもまた政治家であり、国民でもあるが、事あるごとに国民のせいにするのはどうどうめぐりなのでこの際却下。
結局はそれを変えられるだけの権限や権力を握っている政治家たるべき仕事。

政治離れが進むということはつまり、政治は固定化される。つまり組織票。
結果同じ人間が政治をツトめるということになる。
理念のあるなしいかん以前の問題でツトむ。


リアルタイムな日本というものを見た時に、何年も政治をやっている人間にそれが務まるのかどうか甚だ疑問だ。
少なくとも政治に携わる以上何か明確な目的があって従事しているのは間違いないが、じゃあそれがいつ達成されるのかまでのビジョンは見えてこない。

政治などでベテラン議員などと呼ばれている人間を見るにつけ、何がベテランなのか不思議に思う。
この先生きのこるための知識?
もっとも数による与党のレッテルがある以上はからなずしも頭脳勝負ではなく、猿知恵が有効な場合もあるということだ。
そういうのをいわゆる遊び心と称しているが、コレ自体は決して無駄なことではなく必要経費である。

だから新庄某政界入り疑惑も本来ならば悪いことではない。
が、今の政治がパレード色が強すぎるので、この場合においては限りではないのだ。


選ぶ側が国民ならば、引き摺り下ろすのも国民であってこそ。
ついでいうならば、評価を下すのも国民であってこそ民主主義な気がする。

国会議員の給料が固定的なのも解せない。
国を引っ張る人間なんだからもっと多くてもいい気がするが…。
無論、それを決めるのも国民なんだがね。
政党助成金なるものも理解できん。
制限なしに掛かった分を後日正当分請求できる仕組みがあれば問題ないではないか。
企業献金もわけわからん。


俺にはひどく出来の悪いバグだらけの格闘ゲームにしか見えない今のジャポーン。

関係なくはないが、景気の悪いところからいろんな不合理が見えてくる。
そういう部分を解消しない状態で景気の善し悪しはおろか良し悪しは判断できない。
10年前ならそれでも良かろうが、今はそれではだめで同じ過ちを残すだけでしかない。
不祥事・モラル云々のモデルケースはこれからも多々出てくるだろうし、犯罪低下も少子化じたいも解決には至らんだろうな。

以下略
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界援隊:SINNI(シンイ)

Author:界援隊:SINNI(シンイ)
勝ちと負けの関係と 上から見下(オロ・クダ)す視点と 下から見上げる視点は似ていると思う。
二者間から良い関係など生まれようはずもなく、それを擬似的にごまかす風潮があるのが今の日本の特徴と言える。
合理に則して3すくみ+α程度の関係が望ましいと思う今日この頃。

この考えも∞にある答えのひとつであり、答えにもならない答えであること。

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