天と無智
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議員特有?緊急性を要するからという言い分には一理あるが…。
議員宿舎云々に関しての記事
一見すると聞こえがいいこの答弁は正論であり議員としてはたいしたものだ。
なのに、あちこちで宿舎自体に不満や批判があるらしい。

あれ?
書いている自分もおかしな書き方をしている。


国の緊急時において、すぐ近くに宿舎を設けて迅速に収集できる環境を整えるのはすぐに理解できる、当たり前であり・朝飯前にやることだ。

豪華さや豪勢さを強調したマスコミの報道姿勢に対して一国民感情からして否定はしない。

一方でこの豪華さや豪勢さに対して、もっと質素であるべきだとか議員宿泊費を安くしろという言い分には基本的には賛同しかねる。
ただ、この超高層ビル(億ション)に対して はたして緊急時に対応が出来るのかっていう疑問がわいてくる。
直下型の地震が起きた際に、このビルが何事もなく動いてスムーズに官邸に移動できるのかって事。
高層階に陣取って、エレベーターが動かなくて階段を余儀無くされて緊急収集に遅れたなんて話にもなんねぇ。(もっとも、そんな事実はいくらでももみ消しが可能)


別にDIOではないから何でもかんでも無駄無駄無駄無駄言いたくはないが、無駄だとか高すぎる・安すぎるという不満が出てくるのは、やっぱり、そこここでおかしい節があるからだろう。

本来必要とされる議員特権とはやっぱり逸脱しているから起きる問題なのだろう。
そもそも今の議員に特権が必要なのかという問題からしてだ。

なんかのTVでもやってたが、議員成り立ててにも関わらずボーナスを受け取れる仕組みはどうか というのが出ていたような気がするが、これも広い意味で議員特権なんだなと思うね。

小生は議員よりも町というか村の中を清掃する身体障害者の清掃員の方の方が尊敬できる。
それはなんでかっていうと、現場を目にしているからだろう。

政治というのは基本的には目に見えない仕事である。
目に見えている時というのは、いわゆる次期選挙の為の議員選挙活動のときぐらいだ。
「改革、改革、とっとと(さっさと)改革♪」by布団たたき(マイク)片手改革騒音

それもたしかに仕事のひとつなのかもしれないが、必要なのは自身の具体的なビジョンなんだと思う。
いわゆるマニフェストはおれおれ詐欺と変わらない。

マニフェストつまり政権公約だが、結局今のマニフェストは事後的に決まるだけであり、結果はさほど重要視していないという点だ。
それを実現することでどうなる・どうするかという点に関してはほとんど説明されることがないし、それが結果としてどうなるのかという想像すらも働かない。
大抵実行段階である程度のお粗末な結果は見えてくるが、結果は問わず、実現したという事が時の政権下においては公約を果たしたということらしい。


年金・社会保険庁改革はそのいい例だろうか。


大半の議員のみならず政治家は自分というものを持っていない。気がする。
ほとんどが党主体・総裁主体というか、それに飲まれているというか巻かれているというか。
結果として強い党に巻かれることで権力を維持する構図は本当の意味での実力社会に反する。なりふりかまわなければ、それも広い意味では実力社会だが…。

つまるところ、議員宿舎にしろ、なんにしろ風当たりが強いように見えるのは、合理とはかけ離れすぎているからだろう。
家計簿をつけることも出来ない赤ん坊が家計を握っているのとたいして違いはない。



先ほど言った、政治家は持論を持っていないというのは、持論を展開することはつまり、異端とされる傾向にあるがゆえなのかもしれない。
党内からの核保有議論に対する風当たりを見てもそう伺える。
持論を持つことは、事政界においてはご法度なのかもしれない。

先の郵政造反からもそうだが…。


言いたいこともいえない、そういう風潮も政治の世界にはあるのかもしれない。
まあ、言わないほうがいいんだろうけど。

つまり、政治があれこれ変だとか日本が変だと言われる所以はそのせいかも。


公平性や公益性および合理性からかけ離れて見えるではなくて、かけ離れているのは民主主義とは到底いえない社会だからだろう。
そこに居座っているのが今の政治なのだから、ゆえに改革などありえるはずもないという結論が出る。

議員に不満が出れば自ずと改革が進む。
例えば議員の給料を
0.00000000000000000000000000000000000000000000005692761%削減しますとかね。
意味は良く分からんがとにかくすごい自信だ。
これが改革かどうかは分からんが、改革らしい。

障害者自立法(別名:自殺法)は改悪だが、改革だかどうかは知らんが改革らしい。

目に見えて悪い改革案でも実際に運用しないと結果は出ない。
が、分かっていて止める術がないという現行においてはやはり疑問。
端から納得した上での改革ならまだしも、急に降って沸いたような改革案ならばなおのことだ。

例:リサイクル法


ネットワーク化の進んだ今となってはありえない話である。

今の政治は秘密裏に事を運んで、自身とは都合上関係のない方向性へ導こうとしている傾向が強い。
別の言い方をすると自分達の都合の良い方向に進めるだが、これは少し否定する。
まあ、そこは経済界との蜜月ぶりを匂わせておく。

あながち否定は出来ないのが、白色絵具是ことホワイトカラーがあったり献金があったり。
個人にしわ寄せが来るが、個人と経済界との関係がない事にはならないので個人集中砲火と呼んでしまってもいいのかどうかは分からん。

広く国民と称するが、それと企業すなわち経済界との関係が等しくイーブンかといわれると答えはノーだ。
政府の個人攻撃が顕著だが、とくに今はひどく感じる。


緊急性を取り上げられると何もいえなくなるのはスーパー堤防のそれと同じ。
それを正面から見るのではなく、側面・背面から見たときにどう見えるかだ。

少しでもウマーな状況が見え隠れする以上は、手放しには歓迎できないのであります。
日本に限って言えば、権力者が善きし事に対して尊敬の念はいだけません。
出来れば権力の座にふんぞり返るぐらいの度量でいてほしいものです。
だから、だれかしらのボーナスや給料の一部返還や返上という事に疑問を感じたりします。

海外のスポーツ選手などは、割と慈善事業行っていたりしてスケールのでかさや、人としての人徳を感じてやまないのですが、日本人はあまり感じませんね。
え? それとこれとは違うって?
そんなことはないと思います。


いわゆる日本という国土を見た場合、四季がはっきりしており、季節の移ろいを感じて非常に美しいとは思いますし、人の入らない場所では水もきれいだったり今もあります。
それと日本を愛するという気持ちは別で、いわゆるこの日本という国そのものを好きになれなんていう教育は無理なんじゃないかなと。
そもそも日本の独自性なんてほとんど失われている以上、政府の姿勢は疑問だらけ。

どっちかっていうと小生は日本が嫌いだね。
公平公正から見てあまりにも美しくなく、美観を損ねる。
少なくとも小生みたいな異端が出ている以上は愛国云々は失敗なんじゃね?
愛国云々という時点で、すでに教育は後退しているし、その原因はやっぱり、アメリ米追従からという事実も要因のような気がしてなりまーせん。


まっ、別にすきにしてくれって事で…。


おわし
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界援隊:SINNI(シンイ)

Author:界援隊:SINNI(シンイ)
勝ちと負けの関係と 上から見下(オロ・クダ)す視点と 下から見上げる視点は似ていると思う。
二者間から良い関係など生まれようはずもなく、それを擬似的にごまかす風潮があるのが今の日本の特徴と言える。
合理に則して3すくみ+α程度の関係が望ましいと思う今日この頃。

この考えも∞にある答えのひとつであり、答えにもならない答えであること。

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